家族や友人、知人に対して「やってもらって当たり前」と思いがちな人は少なくありません。自分では思っていなかったとしても無自覚なうちに、相手に対して勝手な期待を抱いてしまうケースもあります。
しかし、そうした考え方は人間関係に悪影響を及ぼし周囲とのトラブルを招きます。
今回は人間関係において気を付けたい「やってもらって当たり前」という考え方について解説します。
夫婦・恋人間においても無視できない問題です
ブロガー
たけのこ(Takenoko)
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家事・育児をしながら在宅ワークに励む兼業主夫。主夫歴は3年以上。結婚してからお嫁さんとケンカしたことがないのがささやかな自慢。家庭・育児系の発信をしています。
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やってもらって当たり前と思う家族別の心理
家族という親しい間柄の関係性では、「やってもらって当たり前」という心理が生じやすいです。ただ、この心理は、旦那や妻、子どもなど家族の立場によっても微妙にニュアンスや抱いてしまう理由などが異なります。
ここでは、家族別のやってもらって当たり前について解説します。
旦那・夫
基本的に旦那さんたちは、家族における大黒柱の役割を果たしています。外に働きに出かけお金を稼いで帰ってくる。稼いだお金は家に還元している(支払っている)。だから、妻などに対し家事や身の回りことを「やってもらって当たり前」と思ってしまうことがあります。
もしくは、旦那が幼少期の頃から身の回りのことを母親が代わりにしてくれていたので、自分でやらないのが当たり前という価値観が根付いてしまっている可能性もあります。
妻・嫁
- 自分のことをもっと夫に見てほしい・理解してほしい
- 困っていたら言われる前に助けてほしい
- 家族のため・自分のために一生懸命働くのは当たり前
妻の場合、自分が家事や子育てなど日常生活の中で様々な負担を背負っています。自分はこれだけ頑張っているのだから、相手に対しても要求していいはず。そう考えられる方も少なくありません。
ただし、そうした考えに対して相手(夫・旦那)が、必ずしも理解しているとは限りません。やってくれて当たり前だということが、相手にとってはそうではないかもしれないことは留意しておくべきです。
子ども
- 自分のご飯を用意してくれるのは当たり前
- 身の回りのことを親がしてくれるのは当たり前
- 困ったら助けてくれるのは当たり前
育て方によっては子どもたちも、自己中心的な「やってもらって当たり前」思考が強くなります。
たしかに、小さい頃は子どもの身の回りのことを親が代わりに行い続ける必要があります。ただ、いつまでも子どもが自分でやるべきことを親が代行し続けると、自立心がなく他力本願な子どもに育つ恐れがあります。
子どもは社会的なルールや感謝する大切さを完全に理解していない真っ白な存在。ずっと親がお世話し続けていれば、やってもらって当たり前思考を持つのは当然の結果といえます。
ただ、やってもらって当たり前という考え方は社会では通用しにくいと同時に敵を多く作りやすいです。子どもの将来を思うのであれば早いうちから、「自分がやるべきことを他人にやってもらうのは当たり前ではない」と理解させてあげましょう。
友人・知人のやってもらって当たり前思考は危険
やってもらって当たり前という心理は好ましい考え方ではありませんが、甘えを受け入れてくれやすい家族間だけであれば、そこまで大きな問題は生じにくいでしょう。
危険なのは友人や知人、職場の人間関係においても「やってもらって当たり前」と思う心理が働く場合。
社会での人間関係おいて、相互の支え合いや協力は必要不可欠。やってもらって当たり前だろうという態度でいると相手に反感を与え、周囲から人が離れていく結果となります。親しい友人同士であっても同様です。一方的に頼り依存し続けていると、関係が破綻しやすくなります。
やってもらって当たり前思考を持っていると、社会で求められる相手への貢献や感謝する気持ちが薄れます。やってもらって当たり前という思考の度合いにもよりますが、大なり小なりそうした考え方は長期的な友情や信頼の構築において大きな障害となります。
感謝できない人は育ちが悪いと思われる
相手に対して「やってもらって当たり前」という考え方を持ち、周囲への感謝を伝えられない人は育ちが悪いと思われやすいです。ここでいう育ちの悪さとは、社会・人間関係において大切な物事を正しく教えてくれる両親・環境に恵まれなかったということ。
甘やかされて育ってきて自己中・社会的な常識・協調性が低いから感謝することもできない。そういう風に捉えられ、能力が低い・人間関係の輪を乱す人として扱われるかもしれません。
感謝は人間関係を円滑に保つ上で重要な要素。他者への敬意や思いやりを示すものでもあります。その気持ちが欠けているということは、相手に対する尊重が欠如しているということ。人間関係の疎遠化や信頼の喪失を招いても仕方ありません。
もちろん適度に人の助けを求めることは大切です。周囲の協力を借りることで、物事がより良い結果に繋がるケースは多々あります。だからといって、協力してもらうことが当たり前だと思うのはNG。仕事であれ家庭であれ、助けてもらったことに対しては必ず感謝の気持ちを伝えましょう。
感謝できない人の末路
感謝の気持ちを正しく伝えられない人は、社会において腫れもの扱いされます。正直、そのような自己中心的な方とは関わりたくないと思ってしまう方がほとんどでしょう。特に日本人は礼節を重んずる価値観が強い国民性です。
他人にやってもらって当たり前思考を持っており、まともに感謝することも出来ない人は人間関係の衝突が頻発し、やがて孤立してしまうかもしれません。そこまでいかなかったとしても、やはり苦労する場面は多いはずです。
いつもさりげなく言う「ありがとう」という言葉には、私たちが思っている以上の効果が秘められています。漢字で書くと「有り難う」とあるように、有ることが難しいことに対して例を伝える言葉です。感謝することを軽んじる方も多いですが、実際言われた方としては地味に嬉しいもの。
やってもらって当たり前な人への対処法
筆者個人の考えですが、大人のやってもらって当たり前思考は他人が変えてあげることは、まず不可能です。すでに価値観が形成されているため、いまさらその考え方を正すことはできません。
そのため、いい大人がやってもらって当たり前思考の度合いが強かった場合、そもそも関わらないことが基本といえます。もしも、回避できず頼まれごとをしたら何か理由をつけて断り続けましょう。下手に助けてあげると、依存される可能性があります。
一方、子どもや若い世代(20代くらい)までであれば、価値観はまだ変われる余地があります。必要に応じて、その思考は早めに直した方がいいよとアドバイスしてあげると改善するかもしれません。
厄介なのが、夫・妻が過度なやってもらって当たり前思考を持っている場合。関わらないようにするのも限度があります。
できることと言ったら、定期的に話し合いの場を設け「やってもらって当たり前思考は困る」という気持ちを伝え続けることくらいです。ただ、前述したとおり大人の価値観はそう簡単には変わりません。中には反論してくる方もいるでしょう。そうした場合の選択肢は3つ
- 諦めず伝え続ける
:少しずつだが改善する可能性はある - 妥協し諦める
:ただし、苦労し続けるのは変わらない - 離婚する
:相手が果たして本当に自分の人生において大切なのかよく考えてから決断しましょう。
まとめ
やってもらって当たり前思考は、人間関係において危険な要素です。度が過ぎると、周囲の人達が疎遠になっていってしまいます。何事も「自分でやるのが当たり前」、もしも助けてもらったら感謝の意を忘れず、礼を伝えましょう。
また、やってもらって当たり前思考の人に近づかないことも大切。基本的に他者は変えられません。自分の心を消耗するくらいなら、早々に縁を切ることも検討するのもひとつの選択肢ですよ。
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